クォーク質量。

月曜日に世に出た論文http://arxiv.org/abs/0803.4192 "Quark mass deformation of holographic massless QCD" は、酒井杉本模型にクォーク質量を入れるという論文。それで、クォーク質量が入れられるので、chiral condensateもわかる。酒井杉本模型のクォーク質量の問題は広く知られているから、それを解決できたということで、とても満足している。思えば、三輪君と平山と前の論文のプロジェクトをはじめてから、もう二年くらいになるから、長いことこの問題に取り組んできた。一応、いい結論が出て、本当にほっとしている。共同研究者の平山、Feng-Li,Ho-Ungとは非常に良い議論が出来た。

この論文の投稿には少しいきさつがある。二年間取り組んだ研究がこんな劇的な幕切れを迎えるとは。

先週の水曜日、学会の帰り道に、Aharony-Kutasovという論文が出たことを知った。新幹線の中で、その日の朝にダウンロードしたメールを読んでいると、その論文をアーカイブからのメーリングリストのメールに発見。タイトルはあんまり関係なさそうに見えたのだが、アブストラクトを読むと、なんと酒井杉本模型に質量が入ることが記され、そのアイデアは我々のと非常に似ていることが見て取れた。それで、あわてて新幹線の中でその論文をダウンロードしようとするも、もちろんPHS接続の僕のモバイルインターネット環境では、時速270キロで走行する新幹線でインターネット接続が出来るわけがない。そういうわけで、名古屋に停車中にダウンロードを試みるも、ぎりぎりダウンロード終了する直前に新幹線が駅を滑り出す。このときほど、新幹線技術のすばらしさが疎ましく思えた瞬間は無かった。「うぉー、そんなに早く出発せんといて、うわ、700系の加速、速過ぎるわ、N700でもないのに・・・」てなことです。仕方なく、共同研究者に送るメールの原案を書き始める。『この論文見た?やばいことになった・・』との書き出し。結局新横浜で論文をダウンロード完了、同時に共同研究者にメールを送信。品川に着くまでに彼らの論文を眺めると、worldsheet instantonという言葉は陽には使われてはいないように見えるが、アイデアは非常に近いことがすぐに見て取れた。それで、それ以上は読まないことにする。

自宅に着くと早速共同研究者から返事が来ている。で、スカイプで議論をし、既に存在しているまとめノートを材料に、論文を金曜日の深夜5時までに投稿することをみなで誓う。これは、0803というタイムスタンプをなんとしてでも取得するためなのだった。独立の研究と主張するには、やはりタイムスタンプが0804では示しがつかない、そんな気がした。すると、0803を得るには金曜日深夜の投稿がデッドラインのはずだった。(後で月曜日に確認すると、実はそれより一つ後のデッドラインまででも0803だったようだが・・・)それから、四人で論文を分担し、自分でも思うが、四人の驚異的な分担と同時処理能力で、論文が完成していった。投稿が完了したのは、深夜5時の一分前だった。1分前やで。1分前。なんとまあ。

いきさつはともかく、面白い論文であることは間違いないので、是非読んでやってください、お願いします。Extended technicolorのアイデアが酒井杉本模型に適用されて、クォークに質量が入る。

そんなこんなで、学会のいろんな人との交流や面白い話を反芻して楽しんでいた余裕は、新幹線で米原を通過したあたりで頭から追いやられてしまった。今ようやく論文を出して一安心という感じなので、思い出しつつ、一方でレフェリーとか、依頼された文章を仕上げている。

昨日から、理研に新しい方々が三人加わった。今日早速少し議論させてもらう。楽しみ。