たこ焼きの半径の上限と、カブトムシについて.


大阪では、日曜日の昼はたこ焼きと決まっている.我が家のたこ焼き機は、たて4×よこ6=24個を同時に焼くことの出来る優れものだったはずなのだが(先月たこ焼きプレートを新調した)、よこ6列のうち、端の2列は電熱の加減が弱く、上手く焼けないというバッタもんだった.従って実効面積は4×4の16個しかない.従って、焼くのに手間がかかるというものである.

物理の研究で最も重要なのは、与えられた問題を解くことではなく、適切な問題を発することである.問題を発することこそ、物理的研究の進捗の9割を占めると言っても過言ではないだろう.その点に於いて、今日は私は妻に大敗したのである.妻は言った、「このたこ焼き機めんどくさい、もっと大きいたこ焼きをなんで焼かへんのやろか」

私は衝撃を受けた.「大きなたこ焼き」という発想そのものが私の頭の中から欠落していたのだ.私は4×4のたこ焼き機で如何に早くたこ焼きを焼くか、しか問題として考えておらず、周りの焼けにくいところからたこ焼きの汁を流し入れ...といった全くありきたりの解法を試していただけだったのだ.そうだ、何故、たこ焼き機そのものの改良を考えつかなかったのだろうか.私はがつんと頭を殴られた気がした.

この「たこ焼きの半径に何故上限が存在するのか」という問に、「そりゃ口に一口で入るサイズやからやろ」と答えるのは簡単である.そう答える前に、ちょっと待て.物理的な理由が存在するのではないか.そう考えるのが物理学者の正しい姿であろう.私は頭を巡らせた.何故この世には、半径2センチメートル以上のたこ焼きが存在しないのであろうか、と.

たこ焼きの本質がその存在の条件を規程しているはずである.たこ焼きの本質とは何か.それは明らかに、「中がトロッとしている」である.たこ焼きの表面は固めの、時には焦げ付きもある、層で覆われている訳だが、一旦口に含んで噛み砕くと、中からジューシーなあの、「アフ、アフ」というたこ焼きの本質が舌の感覚を完全に占有するのである.これがたこ焼きの本質であることは、誰もが認めることであろう.従って、中がトロッとしているということが、たこ焼きの大きさを規程していることは疑いが無かった.

では、中がトロッとしているということが理由で何故、たこ焼きの半径に上限が存在するのか.それはたこ焼きの構造に理由があるのだろう.そこで私は、たこ焼きと昆虫の大きさに共通点があることを見いだした.甲虫の大きさには上限がある.大きなカブトムシでも、角を除いた体部分は、断面を考えると大きくても半径2センチほどにしかならない.これはたこ焼きと同じではないか.子供の頃必至になって覚えたカブトムシの名前、ヘラクレスオオカブトなどを記憶にたどっても、やはり胴回りの半径は2センチから3センチにしかならない.果たしてこれは偶然だろうか.

甲虫は外骨格という特別な構造を有する.これは、全体重を、体の表面の固い質で覆うことにより支えるという構造のことである.昆虫の体の内部は様々な器官のために動的様相を示さなくてはならないが、その自重を支えるためには周りの固い甲が必要となる.中がトロッとしている、これはたこ焼きとまるで同じではないか!

この発見から類推するに、たこ焼きを大型化するには、過去の昆虫の進化をたどってみれば良いことになる.実際、巨大な昆虫の化石が発見されており、その理由を知ることが出来れば、たこ焼きを巨大化することに成功する.もちろん、たこ焼き巨大化プロジェクトは、それを持ってあたらしいビジネス展開をするというセコい話ではない.純粋に、たこ焼きの半径に何故上限が存在するのかを問い、その答えを科学的に解明することこそが喜びなのである.(words by Sherlock Holmes. )

文献をひもとくと、太古の昆虫の巨大化には理由があり、それは地球上の大気中の酸素濃度が大きかったことと、昆虫の関節の構造のためであると知ることが出来る.そうだ、酸素濃度を上げてさえおけば、たこ焼きを巨大化することが出来る?! ーーー そんな訳が無いことは明白である.なぜなら、たこ焼きには関節が無いからである.すなわち、昆虫が太古に巨大化していた理由と、たこ焼きの半径に上限があることとは、関係ないかのように見えるのである.

こんなことで引き下がる私ではない.たこ焼きの半径に上限がある理由には、そもそも構造上の問題があるはずである.そう思って色々と記憶を辿ると、確か、昆虫の大きさの上限には外骨格の問題の議論があったことを思い出した.人間のような骨格ではなく外骨格という表面を覆うことで体を支える構造の場合、体躯を大きくしようとすると、体重のうち骨格が占める割合が大きくなりすぎて、生態的に損をするという議論である.これは、たこ焼きにそのまま当てはまるではないか!

たこ焼きの本質は、口に入れて一噛みした時に、中身のトロッとした「アフ、アフ」が来ることである.即ち、一口で表層を噛み切るためには、ある程度の表層の薄さが必要となる.この薄さで自重を支えるためには半径に上限が無いといけないのである.それでは、この表層の薄さを保ったまま、たこ焼きの半径を大きくすることが出来るであろうか?この問いこそが、文科省が常に欲している、真のイノベーションの瞬間であろう.

私は瞬間的に解に達した.甲虫は巨大化するために、体を扁平にしたのである.大きなムカデなどに代表されるように、昆虫は体を扁平にすることで、外骨格が離れている二点間の距離を最小に保ったまま巨大化することができ、うまく体の内部に支えを作ることで壊れにくい体を作り上げたのであるのでは無いか?よく、物理学者のパロディとして「牛を球と仮定せよ」みたいなのがあるが、それがまさに今回のたこ焼き半径上限問題の解を妨げていたのである.これは一大イノベーションである!

私は密かにほくそ笑んだ.解いたぞ.そこで、この大発見を家族に、とうとうと述べてみた.平坦な極限をとれば、たこ焼きの半径を無限大に出来るということを、コト細かに説明してみせた.すると、妻は言った.「それはたい焼きで実現されている」