フィレンツェ滞在ももうすぐ終わり。

ちょっと意識的に、外国滞在なのに日記を書かなかった。本当はもちろん毎日沢山書く事があるのだけれど、ちょっとゆっくりしようと思って。いろんな新しい考えをゆっくり頭に残そうと思っていたけれど、結局、三週間の滞在を後三日残す今となって振り返ってみると、あまりそうはなっていない。少なくとも、初めの二週間はそうで、今週になってようやく少しゆったり頭を回せるようになったような気がする。それで、日記を書いてみている。

先週はまず月曜日、Sonnenscheinさんとひとしきり議論する。酒井さんからどんな方かは聞いていたのだけれど、なんとも優しい目をしたおじさんで、議論に花が咲いた。クォークの質量のことで全く違うアプローチで結果を出しているので、いろいろと面白い議論が出来た。僕の水曜日のトークの前にもうここを発ってしまうらしいので、自分の論文の話の概略も話させてもらった。将来的な方針なども考えるきっかけとなって、有意義な議論だった。ここに来た甲斐があったというものだ。

ピサ大学で火曜日にセミナー。衛藤君の取り計らいで、ピサで話をすることができた。衛藤君と奥様にはいろいろとお世話になり、とてもありがたかった。懐かしくWalterとも再会し、それにtechnicolorの専門家ともいろいろと議論ができてよかった。セミナーのあとは、衛藤君と思わぬ視点から議論ができたのも良かった。意外と似たことをいろんな人がやっているのね・・・前にも、この酒井杉本模型について、そう思ったことがある。それは全然別の理論だったけれど。前回ピサを訪ねたのはもう二年前になるが、そのときは二月でとても寒く、駅前の噴水の水が凍っていたのを思い出した。もちろん、今回は噴水は凍っていなかったから、こんな余裕があるわけだ。ピサの町は二年前と変わらず、工事しているところもまだ工事のままだった。けれど、ピサのピザは最高にうまいし、斜塔は以前にもまして傾いているように見える。斜塔の前で娘が走り回る日が来るとは思っても見なかった。なぜか、やっぱりピサは斜塔というイメージがあって、帰りにちょっとだけ寄った斜塔前の広場で、ああ、やっぱりピサにまた来たんだなあという実感が。

水曜日は滞在しているガリレオガリレイ研究所でセミナーをする。大御所ばかり並んでいる前でセミナーをするので若干緊張したが、まあ、僕の話したいことは伝わったのではないかと思う。奇しくもKutasovさんが僕を紹介して始まるというセミナーだったので、なんとも苦々しい感じもしたが(仕方がない、competitive paperを書いたのだから)、何とか終了。AlexやAndreiなどからいろいろと質問される。なかなかいいところを突いた質問で、楽しかった。Veneziano先生に質問していただいたのは光栄だった。いろいろと議論させてもらったが、その点は僕があまり理解していないところで、勉強せねばならない。セミナーの後でZamaklarさんがやってきて、詳しい議論に突入する。いずれにしても、面白い議論ができてとても嬉しかった。

自分のセミナーの後では気が抜けてしまったけれど、そのあとのスピーカーの方の格子の話は面白い観点があった。こういうところに来ると、門外漢のために話をしてくれるのでありがたい。ちょっと勉強してみようと思った。

毎日、朝バスに乗って研究所へ行き、夕方6時にバスに乗って帰るという毎日。研究所は美しく、屋上へ出るとフィレンツェの街が一望できる。研究会の参加者はそれぞれ本当にのびのびと思い思いに過ごしているように見える。廊下をうろうろしながら考え込んでいる人、お茶部屋で議論をしている人。僕は時々、エスプレッソを飲みにふらと出るのだが、研究所の美しい中庭でそれをすする時間が実に贅沢な気がする。

先週までは同じ部屋の人はイタリアの大学院生で、backreactionのことについて少し教えてもらった。あまり議論はできなかったけれど、いい知識を得ることができたのでよしとする。今週は僕の部屋にSemenoffさんがやってきた。僕は話したことが無かったのだけれど、Zamaklarさんのセミナーの時に僕が質問したことをきっかけにいろいろと話している。前から分からなかったchemical potentialのことが少し分かった気になったところが嬉しい。いや、本当のところはまだ分からないのだけれど。

今日は座って仕事をしていると、Zacharovさんがやってきて、僕の先週の話について詳細な質問をされる。その点は僕はあまり考えていなかったので、うーんと考えさせられた。自分なりの答えをしておいたけれど、どうも場の理論の摂動論的な解釈が難しい点を問題にされているらしく、満足はしてもらえなかった。けど、こうやって質問しに来てくださることだけで昨日のセミナーの目的は達成できたと思ってもいい。それで嬉しくなったので、折角イタリアの研究所にいるのだからと思って、先週の格子のセミナーをされた方のところに行って質問をする。一時間ばかし議論したけれど、どうも僕の計算できることでは物理的な状況にはなっていないらしい。まあ、やってみるかな、簡単な計算だし。格子とは比べられるだろうから。

研究所に長期滞在されている酒井さんともいろいろと議論できる。夜はホテルで計算。ホテルはサン・スピリト教会の裏なので、鐘の音が美しい。家でエスプレッソを飲みながら、何を言っているのかわからないテレビを横目に見つつ、計算をしている。うーん、なんで日本でこんなにゆったりとした時間が持てないんだろう。なんでかな。