超弦理論屋、東海村へ行く。

はるか長大なビームラインにまたがる巨大なマグネット。この、恐ろしく精密に作られた施設の、見渡すほど長いビームパイプの中を、光速近くまで加速された陽子が突き抜けていくのかと想像すると、本当に身震いしてしまった。ここはJ-Parc。

この施設はすごいよ。放射線を外に逃がさないようにするための幾重にも積み重なった巨大な巨大なコンクリート塊を見ていると、最先端の素粒子原子核物理というものが到達した、人類の精密科学の粋の大きさに、ただただ圧倒されるのみ。毎日研究室に座って、いろいろな計算をしていても、こんな加速器を使ってようやく到達できる物理を解析しているという実感が、まるでない。なので、こうして実際に加速器を目の当たりにして、2000トンと言われるそのひんやりしたコンクリートに手を触れてみると、自分のやっている計算がいかに人類の到達するエネルギーの極みに触れているかが実感として伝わってくる。

ただただ感動した。LHCでビームラインを見た時も、ここで超対称粒子が生成されるのかと思うと文字通り身震いしたし、KEKで建築中だった、3度下方に傾いたニュートリノ発射砲(語弊あり)を見た時も、なんてすごいものを人類は作っているんだと感じた。そういうのとJ-Parcとどちらがすごいとかそういう問題ではなく、ただ、こんな大きいものをものすごい精度で構築しているという事実、それが眼前に展開されているのを肌で感じるという体験は、何事にも変えがたい。

何千本、何万本にも連なるケーブルがつながる先は、一つ一つの精緻な検出器。見学をしていると、検出器を置く場所を測量機で計って床面にはいつくばり印をつけている実験家の方たちが。聞いてみると、200ミクロンの精度で検出器を設置するのだそう。それを聞いた後では床面ばかりが気にかかる。確かに、そこかしこに金属の板が打ちつけてありその上に十字が刻んである。おそらく基準点みたいなものなんだろう。面白いものがたくさん目に付くので、いくつも質問させてもらう。ひときわ目立つ色の、黄色い箱に赤いボタンスイッチのものが壁についている。緊急停止スイッチ、と書かれていたので聞いてみると、万が一の時にこれを押すと加速器全体が停止するのだそうだ。そんなスイッチがやっぱりあるのね。LHCのビデオをYoutubeで見ていたら、ブラックホールが生成してしまったとき用のLHC緊急停止スイッチというのが出てきて、まあそれは冗談だろうけれど、でも本当に緊急停止スイッチというのがあるのね。その後の見学ルートで、そこかしこにそのスイッチがあるのを見つけた。それと、うれしいことに、分岐機を見せてもらった。これは、周回ビームと検出器向けビームを分ける機械。鉄道の分岐機好きとしてはちょっと興奮してしまったが、光速に近い陽子を分岐するなんて、すごいね。鉄道の比ではない。

そんな経験をさせてもらっただけでも、Hyp-X研究会に呼んでもらって感謝している。研究会に参加しても知っている人はわずかなので、今井先生にはじめ挨拶させてもらった。学部生の時に今井先生の授業を受けただけなので今井先生は僕のことを知らないだろうけれど、こんな風にまたお会いできて自分の話を聞いていただけるのはうれしかった。自分の話が終わって、知っている方々に声をかけていただく。実験の人にもなんとなく雰囲気を分かってもらえたようで、まずはうまく行ったことにしておこう。

東海駅まで、東京から離れるにつれ、どんどんと景色が田舎になっていき、それを眺めてはホッとする。東海駅を降りると、何もない。ただ、道があって、研究会に急ぐ核物理学者以外は、人がいない。カリフォルニアを思い出して、再び、ホッとした。