トレントへ。

フランスのローカル列車は典型的な田園風景の中を滑るように静かに走っている。左にはロワール川、右には黄色く輝く向日葵の畑が広がる。東京で毎日暗いメトロに乗って通勤しているのと比べると別世界だ。いや、国が違うのだから、まさに別世界というのは正しい。こんなにのんびりした気分になったのは今年初めてかもしれない。
今頃はBloisの研究会でも最後の日のセッションが行われている頃だが、僕は残念ながら途中で来て途中で帰るということをしなければならず、お先に電車でBloisを後にしている。まあ、素粒子実験の詳細な講演をいくら聴いても分からんのだから、そこにいたとしても仕方ないのかもしれない。総括的な講演ならかなりわかって楽しかったのだが、パラレルセッションは厳しかった。新しい検出器の構築を模索している講演や、データ解析の手法についての討論、国際協力についての議論、などなどいろんな講演を聴くと、素粒子実験の広大さに目がくらむ。共同研究者が何百人、と聞くと、せいぜい二人とかとしか共同研究をしない理論屋にとっては、「1、2、∞」の物理的帰納法も追いつかないほどだ。しかしそういう中に身をおいてみると、まずは自分のやっている物理と周囲の物理の関係がだんだんと見えて広大な地平を感じるような気がしてくる。そして次に自分の立ち位置を見失う。そして次に、だんだんと自分が何故それを楽しいと思って研究しているのか、何故それは重要だと思っているのか、を見つける。そして、普段の自分を思い出し、小さなスコープでしか日常を捉えられていないことについて悩む。研究は深く掘り下げるものだからごくごく小さなところを掘り進めていくものだし、一方大局的にものを見ないといけないのも明らかで、そのバランスが大変難しい。大局的にものを見ることはなかば強制的に自分を日常からはずさないと出来ない。習慣としては行うのは大変難しい。今回のように、呼んでいただいて分野が違う研究会に身をおくと、その強制力が上手く働くことがわかる。今回はそれをenhanceするために、あまり共同研究のことを考えないことにして、リラックスして楽しくいろんな人と交流し、のんびりすることにした。
おかげでいろんな人と話せたが、原子物理のロシアの人、素粒子実験の若いフランス人、他にもメキシコの人やもちろんたくさんのアメリカ人、素粒子現象論、世界中の素粒子実験、アストロや宇宙論の人、ほんま、さまざまやね。バンケットも交流が出来るよう上手く工夫されていたように思う。城の中庭にカクテルが用意されて、フレンチホルンの演奏の中でまず立食、そして城の中で料理。夜中の12時半を過ぎても続いているバンケットなんて初めてやわ。皆、疲れながらも大変楽しんでいた。自分の講演については、ほんとにたくさんの人に、批判やお褒めの言葉、さまざま。「ストリングの講演題目を見て、ああメールをチェックする時間だと思っちゃったよ」などと、お酒が入ると正直なお話がたくさん。実に愉快だった。
研究に関してよいフィードバックがあったというよりは、もっと違う面で素養が増えたかもしれないと思う。Strassler氏と少し話が出来たのも良かった。Chung-Iからは、来年パリで研究会をやるから来いとのお話。今度はnon-perturbative QCDと題した理論の研究会だという。
おっと、ぼつぼつTGVへの乗り換えの駅に到着やわ。トレントに着くまでに、スライドのプロットを完成させたい。