高校生がやってきた。


研究室にやってきた22名の高校生、まず口にしたのは「うぉー、黒板の数式ひっとつも分からない、すげぇ」。それを聞いて、よしよしと僕が内心思ったのは言うまでもない。この部屋につれてくる理由は、最先端の研究の現場を高校生に見せるということ。つまり、この部屋に入って部屋の黒板などを眺めてもらっただけで、僕の講演を聞かずとも、もう目的は半分達成したと同じだと思っていた。なので、入ったときの高校生のリアクションが大変気になっていた。黒板にはもちろん、いつもどおり端から端まで埋まった式の羅列を、消さずにそのまま残しておいた。で、このリアクション。

高校生22名は、じつのところ多すぎる。このセミナー室には、16脚しか椅子が無く、ソファーを含めても21人が限界。そのため、9月にアナウンスした弦理論の集中セミナーでも、参加問い合わせの最後のあたりには仕方なくお断りするしかなかった。部屋も狭い。これは、研究の議論をするには最適の広さだと思うけれども、高校生をぎゅうぎゅうに詰めるのは少し検討を要した。結局のところ、やはり高校生は理研を見に来ているわけで、理研の人の話を聞きにきているわけではないので、僕の講演をゆったり聞いてノートをとるくらいの机もある環境より、むしろぎゅうぎゅうの部屋に入ってもらって、普段の研究の雰囲気を少しでも感じてもらう、ということにした。その判断がよかったと感じる。

高校生相手に話すなんて、塾教師のアルバイトをやっていた大学時代以来なわけだが、つぶらな高校生の目を見ていると、なんとも力が入ってしまった。講演では、うつうつと眠りこける高校生もいれば、目を輝かせて、ひとつひとつ僕の話すことにうなずきながら聞き入ってくれる高校生もいた。LHCでブラックホール、という話をしたのだが、そのことを聞いたことがある高校生が何人もいたのには驚いた。彼らの情報収集能力がすごいのか、それとも先生の指導がすばらしいのか、もしくはLHCでブラックホールというのはそんなに世間で知られているのか、そのあたりは僕には判断できない。けれども、この話題を選んで、まず大失敗ということではなかったらしい。


LHCのラップなど、youtubeからとってきた色々な動画を見せたりしながら、科学的な「?」を大事に育てよう、というメッセージが伝わったかどうか。社会における数学の役割、そして理論の重要性と実証の重要性、も盛り込んだ。ま、LHCラップだけが記憶に残る高校生もいるだろうし。もしくは、「空間の次元は3か?」という僕の話なんて微塵も覚えていない高校生もいるだろう。けれど、科学者という職業があり、そして理研では科学を愛する人が今日も黒板に向って式を書いていることだけは、彼らの心に残って欲しい。

学習指導要領なんて、初めて真剣に読んだ。自分の受けてきた教育とはずいぶん違う感じがしたが、それでも、こんな道筋を通って自分が科学に携わるようになったのか、と気持ちが新たになる気がした。先日、科学技術館で開催された「宙博(そらはく)」をちょっと覗いてみたが、目をきらきらさせる小学生・中学生の熱気がすごい。やはり学校で勉強することが、社会とどのように関わっていくのか、を具体的に見る機会が無いと、学習意欲は極端に失せる。僕は大学院を出るまで世界史に一切興味が無かった。興味ゼロ。まったく時間の無駄だと思っていた。しかしポスドクで外国で住むことになって、否応なしに外国を理解しなければ自分が生きていけないという状況に置かれたとき、ようやく世界史と自分の間の扉が開いて、そうか、だから高校であんなことを学ぶのか、と。世界史の教科書を引っ張り出して読み始めた。高校から10年が経っていた。高校生の頃は、受験勉強がゲームのようになっていて、点数をひたすら取るために勉強をしていた。今の高校生もほとんどそうだろう。全部の教科に、motivationをきちんと与えるべきだとは言わない。好きな教科嫌いな教科もあろう。けど、社会や自分の生きていく人生と、今学んでいることがどう関係するかを説明する機会を一つでも持つことは、大変重要だ。小学校に入ったうちの子は、何故勉強するのか毎日聞いてくる。それに一つ一つ答えてやるのが、社会に関わってきた親の務めだ。で、理研に勤務している僕の務めである。

って、まったく研究と関係ない話になってしまったが、研究のほうは着々と進んでいる。はよ論文にせんと。東北大の集中講義の準備が佳境に入っている。おかげで寝不足だが、仕方が無い。月曜日は本郷の初田研で、核子行列模型の話をたっぷりさせていただいた。たくさん質問と議論をいただき、夢が膨らむ。夢だけがふくらむのはもちろんいかんのだが、夢が膨らむときが一番ドキドキして楽しい。「超弦理論が地に降りてきた」という風に言っていただいたのだが、それは違う。違う島にいただけで、天から地とかいうことじゃない。違う島の人からやって来て、こんな風に歓待を受けるという、そういう物理の土壌が大好きだ。