ヒッグス粒子の探索:神と握手、なるか?

スカイライナーが、朝日が昇る前の東京から滑るように逃げて行く.

昨夜はヒグス(ヒッグスっていうのが世間ではスタンダードかな)のCERNセミナをweb中継で観た.データの最終図を見ると、秋からさらにぐぐっと線が下に押しやられ、まさに除外領域がどんどん増えているのが実感できる.で、ATLASとCMSの両方が同じ125GeV近傍を指し示していそうなところがまた示唆的で、ドキドキする.今年の大きなクリスマスプレゼントは、まだ幾千もの素粒子模型を死滅させる決定力は無かった.けれども、今年のLHCの大活躍を目にした誰もが、このままLHCが順調に走れば、来年のヒグス発見を疑わないだろう.

CERN中継が世間を騒がせていると言えば、秋のニュートリノ光速超えのニュースだろう.パリティ2月号掲載予定でちょっとだけ編集委員として僕も書かせてもらったが、実験で確定するというのはとっても難しいことなのだ.今回のヒグス発見へのATLAS/CMSの努力と、ニュートリノ光速超えのOPERA実験とを同列で比較するときっと実験の人に怒られるが、それにしても、ものすごい数のデータから物理を引き出して「確定」するというのは並大抵のことではない.ヒグス粒子の存在が98.9パーセント確実、という言葉が新聞に踊っているが、それは素粒子物理学的にはまだまだ「発見」では無いのだ.今までの実験の歴史で、99.9パーセント確実なものが、更に良く調べてみると実はありませんでした、なんてことは何度でもあった.

それにしてもLHCの巨大実験のスケールときたら、すごいよね.大学時代に学生実験で、一年をかけて実験を企画から作る経験をしたわけだが、その経験と現在のLHCの巨大実験が連続的に実はつながっているなんて、信じようとしてもなかなか実感できない.それほど、巨大だ.そんな精緻かつ巨大な素粒子実験にはいつもやきもきさせられるが、自然の本当の姿を見るというのは、大変な努力がいることなのだ.LHCも計画から既に数十年、目標の達成を目前にして、関わる人全てが心血を注いでいる.素粒子理論屋の一人としてエールを送るとともに、来年に来るはずの素晴らしい発見を心待ちにしたい.

ヒグス粒子のような基礎科学用語がインターネット上をこれだけ飛び交い、新聞にも大きく掲載されるというのは、科学者の端くれとしてほんとうに嬉しいことだ.この世界の最も小さい構成要素がどうなっているんだろう、という不朽の問いの答へ向け、人類が前進している、その事実が世間で言葉にされて話されている、それほど素晴らしいことは無い.この一週間は、素粒子業界ではない人に会うごとに「ヒッグスはどうなんですか」と聞かれたのだが、それだけ世間の関心が高いのは珍しい.ヒッグスの前に見つかった素粒子トップクォークで、それは僕が大学4年の時だった.素粒子業界に入る前だったので、それがどのくらい業界内で騒がれたのかは知らない.当時、ある朝の新聞のトップ記事に大きく踊る「トップクォーク発見」の文字に、ものすごく興奮したのを思い出す.素粒子ってすごい、と全く単純に感動した大学生の自分がいた.今回のヒッグスの話も、きっと日本の科学を底上げする大きな力になる.